岸和田北ロータリークラブ

〜〜〜 クラブ奉仕委員会  〜〜〜

 

恐ろしいエイズがこの地球上から各なる日まで結集しようロータリーの英知を・・・・・

 

〜〜〜 平成17年2月5日(土)岸和田産業会館におけるHIVにかんする講演会 〜〜〜

 
 




 平成17年2月5日(土)PM5:30〜7:00まで岸和田市立産業会館に於いて
岸和田東RC・岸和田南RC・岸和田北RCが協力して、青少年指導員・保健婦・ロータリアンが多数参加して、特定非営利活動法人 HIVと人権情報センター理事長 五島 真理為
氏のテーマ「いのち響きあって〜AIDSを通して生と性を考える」講演会 を開催しました。

これからも、このような講演会などを通して、青少年の健全育成に努め、この地球上から恐ろしいHIVを皆さんの力を結集して追放しましょう。

響きあって“AIDSを通して性を考える”

大阪府エイズHIV情報
リンク

優秀作品2

 今までに、海外に滞在中や国内で、色々な国からの感染者のカウンセリ
ングにも係わりました。あるとき、アフリカの感染者の方に医師と共に感染
告知をしたことがあります。その当時は今と違って10年くらいで発症するす
るという病気だったものですから「10年位のライフプランニング(生活設計)
をしたらいいですよ」と医師が伝えました。
 その人はびっくりした顔をされて「それはとってもラッキーだ。自分達の国
は、1年のライフプランニングが出来たら十分なのに」と言われたのです。

林 美緒さん 
(大阪市立高津中学校)

 新年になると年末のクリスマスに誰にプレゼントを贈ろうかと考えます。そして、毎月お小遣い
を貯めたり、自分で何かを作ってクリスマスにプレゼントする。それがライフプランニングだとい
うのです。 その方の国では、高井熱のため早く亡くなる病気があったり、また乳児や幼児の死
亡率が非常に高かったりしているそうです。 平均寿命は40数歳で、20歳はもう人生の半分で
ターニングポイントです。 誰も10年先もライフプランニングできる、それはラッキーだと言うわ
けです。
 また、あるとき、これは日本のことなのですが、アジアの方に発病の告知を医師と共にしたこと
があります。 当時は治療法も少なく、あと2〜3年のいのちという厳しい状況の中でドクターは
告知をしました。 すぐ入院できなかったため、とりあえず私達H I Vと人権・情報センターが運営
する感染者の家に一緒に帰ってきました。 私達は告知を受けた方や外国人など、その人の気
持ち落ち着いたり、受入の状況が準備されまで一緒に過ごすこともあります。
 その方とお弁当を食べていた時私は消化管の難病でもあるため、お弁当を全部食べることが
できませんでした。 半分くらい食べ残してしまいました。 そして、それを捨てようとすると、その
方が私の食べ残しを欲しいとおっしゃったのです。

UNAIDS報告

 全世界の生存するHIV感染者・エイズ患者数の推計値(2003年 UNAIDS報告より)                (大阪府エイズ・HIV情報)        

 私は犬か猫か飼っているのかなと思って、私の食べ残しは、その方に差し上げました。 する
とその方はニコっと笑って「私はとっても安心です。私は生まれてから今まで、つぎの食事があっ
たことがなかった。 今ご飯をお腹いっぱい食べたので、このご飯は自分のつぎの食事になる
から安心だ。」とおっしゃいました。
 南の貧しい国々にはストリート・チルドレン(路上生活をしている子供達)がたくさんいます。
世界には一千万人とも三千万人とも言われるたくさんのストリート・チルドレンがいます。そして
日銭を稼ぐために売春にもかかわっているストリート・チルドレンもも多くいます。
 私は以前、南アメリカでHIVに感染したストリート・チルドレンに出会ったことがあります。

レッドリボンマーク

子供達はAIDSのことは考えないのかと言う私の質問に「このおばちゃん
何を言ってるの?」と言う顔をして「あのね、ぼくたちは今晩寝るところを探
しているんだよ」と言いました。 子供達はどうしたら感染を予防できるのか
知っているにもかかわらず、日銭を得るために自分の体を売って、その結果多くの子供達が
HIVに感染しています。 特に性器がまだ発達していない時期にHIVに侵されると感染確率が大
変高くなるからです。しかし、路上生活をしている子供達にとっては自分達の今夜の寝床こそ
が最大の関心ごとなのです。 そのときに同行してくれた方が子供達の平均寿命を教えてくれ
ました。路上生活をはじめてからストリート・チルドレンは10ヶ月で死んだり殺されたりしている
のだそうです。 もともとは病気を持っていなかった健康な子供達がストリート・チルドレンになる
ことで、HIVにも感染し毎日寝床を探しながら10ヶ月で亡くなるのです。
 私は世界各国ののこういう実情を見てきて、どの国のどの家庭で生まれ育ったかによって命
の長さと質が違うということを痛感してきました。そういうことで言えば私達豊かな国に済む者が
何をしなければならないかということが、まさに問われているのです。
 1983年と84年に血友病の方でHIV感染症を発症して亡くなった人がいたことを血友病の患
者団体は知っていましたが、それは報道されませんでした。 その後、1985年3月、日本で
「最初のAIDS患者」として報告が厚生省により「同性愛者の初発例」として報告されました。
その後、86年の10月から11月にかけて「松本事件」86年12月から87年1月にかけての
「神戸事件」、87年3月に「高知事件」がおきます。 これら三つの「事件」に共通しているのは
感染者が女性だということです。 「松本事件」では外国人で性風俗産業に勤めているとみなさ
れる女性が感染していることが報道され、松本ナンバーの車が通るだけで「エイズ」車だ」といわ
れるほどの凄まじい差別が起きました。 「神戸事件」では同様に性風俗の仕事をしていたとい
う憶測と共に日本人女性のプライバシーが公表されました。 亡くなられた時は遺影が撮影され
て全国誌の週刊誌に載せられるということがありました。 87年の「高知事件」というのは、日本
人妊婦さんが感染しているということが公表され個人情報が報道されました。
 国が、危険な血液制剤を放置したために犠牲となった薬害被害者については、それまで報道
せずに隠しておきながら、このとき初めて感染者を危険な存在であるかのように報道し、誤った
イメージが植えつけられるような事態が発生しました。「HIVと人権・情報センター」の発足は週刊
誌や四大新聞で「神戸事件」や「高知事件」の患者さんの写真や交友関係が取り上げられたこ
とがきっかけとなっています。
 たとえ事実であっても人を傷つけるような情報は公表されたり報道されてはなりません。
間違った情報が流布され人権無視が広がっていることを何とかしなければならないということで
1988年 屋鋪 恭一 さんを中心に感染者の救援組織として「HIVと人権・情報センター」が設立
されました。情報の上に人権をおいて感染者の人権をきっちりと社会に訴えなくてはならない。ある
いは守っていかないといけないと主張されたのです。
 また、「エイズ」という言葉が差別的な隠喩(いんゆ)になったので、疾病としての「HIV感染症」と
してとらえ感染者などの人権に配慮しつつ正確な情報を主張するという理念に基づくものでし
た。 「HIVと人権・ジョウホウセンター」は感染経路を区別しない最初の救援団体として出発しま
した。
 色々な難病においても先輩の患者さん達は病気の告知を受けて落ち込んでいる人達を同じ
仲間として支えています。 ほかの患者さんの存在が新たな患者さんの大きな励ましとなってい
ます。 その面でも患者さんたちは大きな働きをしているといえます。
 障害のある人も大きな働きをしています。車椅子で動く人が道に段差があるために、その道
は行けないということを訴えれば、足の不自由なほかの人達のためにも道路の段差をなくさな
いといけないということを私達に知らせてくれます。 もし私達が年をとって、目や足が不自由に
なれば障害者同様、不便な道は行けないのです。 障害のある人達が困っておられることを通
して社会がつくった障害を私達は知ることができるのです。 また重度の障害のため「お父さん」
「お母さん」とさえ言えないで死んでいく難病の赤ちゃんを見送った折「何のためにこの子は生ま
れてきたのかな」と考えたことがありました。 本当に失礼なことを考えたと私は反省していま
す。その子供の葬式にはたくさんの人が泣いてつらい思いをしていました。 「なんでこの子は天
国へ行っちゃったの」と悲しんでいます。そのことは、すなわちその子が生きていた時、たくさんの人を励まして喜ばせていたということです。 「お父さん」 「お母さん」とは言えなかったけれど
その子がニコッと笑ったりするだけで、みんなは嬉しい思いをし、たくさんの喜びを贈られてきた
のです。 誰も皆、それぞれ素晴らしい働きをしていることを自分が感じ、相手にもそれを感じて
いくことが大切じゃないかと思います。 誰もがこの社会で役割があります、無駄な命は一つも
ありません。
 私の体は完全な治療法がないと全身性のいくつかの難病を含めたくさんの病気を持って
います。だから、生活の知恵というか、病気とどう付き合っていけばいいかを自分の体を通して
体験的に学んできました。
 20歳の時に最初の失明をししました、お見舞いに来てくれた人が「ここにお茶を置きました
よ」と言って差し出してくれたお茶を手で探して、こぼしたことがありました。 そのとき、私もそう
いえば目の見えない人に通じる訳がないのに、自分も、ココ とか ソコ とかという言葉を軽い
気持ちで使っていたな、それで人を傷つけてたんだと気がつきました。 目の見えない人は、
かえって色んなものが見えています。24歳で二度目の失明をし右目だけ少し視力が回復し
たので福祉施設でボランティアをしていました。目が悪いことは周囲に隠していたのですがそ
の人は生まれつき目の不自由な人でした。私は医学書を読み、点訳されたのをその人が確
任してくれという校正作業の時、自分の目の障害を指摘されました。
 私は心配をされてもいけないから「ちょっと弱視で」ってごまかしました。 でもしばらくして
「あなた、本当に目が悪いんでしょう」本までの距離が18センチしかないですよ」って1センチ
単位でズバリ言い当てられて驚きました。本に反響した声の具合で分かるんですね。音で測
るから本と顔がどれだけ離れているか、健常者の目測よりかえって正確なんです。
 相手の顔色でごまかされない分、心の中も読めたりします。 これは自分がその立場に
ならないと、なかなか理解しにくいかも知れません。
でも、ずっと健康であり続けるというのは幻想です。 本当は誰にとっても他人事ではないはず
です。 そもそも障害があるということは特別なことではありません。 生まれた時は、みんな寝
たきりだし、そうして年を取ると目が見えにくくなったり、耳が遠くなる。 寝たきりになる人もいる。 これは、みんな「来た道、行く道」なんですね。  病気もそうです。赤ちゃんは生まれた時
免疫機能がなくて母親の免疫に助けられ育ちます。 その後色んな病気になったり予防接種を
したりしてだんだん抵抗力をつけていくわけです。 それも、老化と共に衰えて病気と闘うなくなっ
て死んでいきます。 考えてみてください、当たり前と思われている、今の健康が何に支えられて
いるか、医学の進歩は医者達の貢献ばかりではありません。 知恵者がいないと治療薬も予防
薬もできないんです。  病気の人は病気を通して健常者を守る、社会の防波堤だと思うんで
す。  社会を代表して病気になっているともいえます。無駄な命は一つもないのです。
 セックスはパートナーとのコミュニケーションの方法の一つです。しかし、この性的なふれあい
で、人から人へうつっていく病気も色々あります。 これらの病気のことをまとめて
TSTD−Sexually Transmitted Diseases(性感染症)と読んでいます。HIV感染もSTDの仲間で
す。 HIVの感染力はとても弱く写りにくい病気です。しかし日本におけるHIV/AIDSの大きな問
題点は国がアメリカの血液制剤によって血友病患者の多くがHIVに感染していることを隠し続け
るために1985年3月「日本人AIDS患者第一号が男性同性愛者である」と発表されるまで公表
しなかったそうです。 このためHIV感染症は同性愛者や麻薬などの薬物中毒者などの“特別な
人”がかかる病気という間違ったイメージがつくられ、一人一人にとって身近な問題だとは考え
られませんでした。 その後は男女間の性行為でも感染することが分かってからは“東南アジア
の女性→買春→うつる恐ろしい病気”という間違ったイメージがマスコミによってつくられました。
 そして社会的に弱い立場にいる人達をますますのけ者にすることへとつながっていきました。
これらのHIV/AIDSに対する間違ったイメージは私達に正しい知識を持つことの大切さを教えて
くれています。 HIV感染者、AIDS患者が差別されずともに生きていく社会とは、弱い立場にお
かれた人達が生きやすく、私達に一人一人にとっても生きやすい社会です。 STDの感染する
主な原因は、“性的なふれあい”であるため、誰でもが感染する可能性のある病気です。
 しかし、STD感染した人に対して “いやらしい” “性的にみだらな人”という見方をし、その人
たちを傷つけたり、モラルの面から裁いたり、避けたりするということが多くあります。
STDに対する正しい知識を持ち、STDに感染した人に対する偏った見方、特別視についても
みんなで考えていくことが大切です。 またSTDを糖尿病や高血圧症などの生活習慣病と捉え
定期的に検査するようにしましょう。 ちなみに、HIV抗体検査、受診率は、イギリスで70%アメ
リカで50〜60%、日本は1%です。

                                   7月5日掲載

  「科学とコミュニティの英知の統合」をテーマに掲げる「第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議」が7月1日、神戸ポートアイランドにある神戸国際会議場を主会場に開幕。

  この会議にあわせて国連合同エイズ計画(UNAIDS)は1日、日本のエイズウイルス(HIV)感染者が約1万2千人に達したと発表した。エイズ知識が不足し、感染者が社会から疎外されていることなどから「急速な全国的まん延は十分に起こりうる」と指摘。緊急にエイズ対策を実施しないと2010年には10万人に膨らむ恐れがあるとしている。

  日本で2004年に報告された新規感染者のなかでは男性同士の性行為による感染が60%と最も多い。異性同士の性行為(26%)がこれに続き、麻薬の常習者(0.4%)や母子感染
(0.1%)はわずかだった。

  アジアでは男性の5〜10%が買春をしていると指摘、「配偶者やパートナーをHIV感染のリスクにさらしている」と警鐘を鳴らしている。
また、この地域の課題を分析した最新報告書を公表。

  「従来どうりの製作を続ければ、今後5年間で新たな感染者は1200万人に達する」と警告し、予防・治療プログラムの大幅な拡大と資金投入を求め、各国の指導者に対して4項目の勧告を出した。

  アジア・太平洋地域のHIV(エイズウイルス)感染者は、昨年末の推計で820万人。年間に120万人が新たに感染し、54万人が死亡している。
報告書は「緊急に予防・治療プログラムを拡大すれば、新感染者は600万人に減らせる」と指摘。地域全体のエイズ対策予算の総額は2003年で6億8100万ドル、2007年に16億ドルに増える見込みだが、友好な対策には、50億ドルが必要だとし、政治による強力なリーダーシップがかかせないと強調した。

  清治指導者に対し @方針を実行に移し、エイズの脅威を公式の場で繰り返し語る。感染者                への偏見や差別と闘う法律を整備する。
              A若者を含めてリスクの高いグループに的を絞り、予防・治療プログラ                ムを積極的に届ける数値目標を設ける。
              B国のエイズ委員会に市民団体、感染者当事者を参加させる。
              Cアジア・太平洋のエイズ問題を