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![]() お城とだんじりの街 岸和田 ●岸和田北ロータリークラブ ●創 立 : 創立 1989年1月24日 ●事務所 :〒596-0054 岸和田市宮本町27-1 泉州ビル2F TEL 072-437-2151 FAX 072-437-1653 ●例 会 :毎週火曜日 12時30分〜 泉州ビルB1 会議室 ・url http://www.knrotary.com ・mail info@knrotary.com ・発行 会報・記録保管委員会 (委員長 mail ) |
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2006〜2007年度国際ロータリー第2640地区第6組インターシティ・ミーティング (第848回例会) |
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| ・講演 テーマ『“虎エコノミスト”大いに語る』 (縞模様の『関西経済』を展望する) ・総括・総評 ・次年度ホストクラブ紹介 ・次年度ホストクラブ挨拶 ・閉会の辞 ・点鐘 ・閉会式 |
・大阪学院大学教授 国定 浩一 経済評論家 ・ゼネラルリーダー 前窪 貫志 ・ガバナー 三軒 久義 ・貝塚コスモスRC会長 松岡 一友 ・実行副委員長 福井 芳弘 ・ホストクラブ会長 尾道 博 ・IM SAA 佐納 世志子 |
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| 【 懇親会 】 | ||
| 16:30〜18:00 | ・開会 ・トーク&歌謡ショー |
IM 副SAA 歌 手 佐川 満男 |
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●テーマ唱和 ・ ・ ・ 「率 先 し よ う」
@開会点鐘
・ ・ ・ 奥田
武生
会長
E会長の時間 ・
・ ・ 奥田 武生 会長 |
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3)例会臨時変更訂正のお知らせ) |
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こんにちは。本日は職業奉仕のクラブフォーラム |
・ 奉仕は世の為、人の為尽くすことです。 |
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J閉会点鐘 ・ ・ ・
奥田 武生 会長 |
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11月・12月の予定表 |
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2006年11月 |
ロータリー財団月間 |
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| 4日(土) | I M 6組 | ・全日空ゲートタワーホテル大阪(ホストクラブ貝塚RC) | |
| 7日(火) |
例 会 |
・定例理事会 | |
| 12日(日) |
・移動例会 |
・神於山山麓への植樹(10:00里の駅集合) | |
| 14日(火) |
・11月12日(日)に変更 |
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| 18日(土) | ・岸和田4RC会長幹事会(季乃陣) | ||
| 21日(火) | 例 会 | ・クラブフォーラム(ロ^タリー 財団) | |
| 28日(火) |
例 会 |
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2006年12月 |
家族月間 |
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| 5日(火) | 例 会 | ・年次総会 ・定例理事会 ・次年度のための理事会@ |
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| 12日(火) | 例 会 | ||
| 19日(火) | 例 会 | ||
| 22日(土) | ・クリスマス忘年例会 ・新会員歓迎会 |
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| 26日(火) | ・12月22日(土)に変更 | ・ | |
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岸和田の昔話 |
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むかし、東稲葉(ひがしいなば)の墓場の辺り(あた)りに大きな古狸(ふるだぬき)がいて、村人が亡くなりお葬式があると、その墓を掘り返して荒らし回っていた。しかし、古狸だけに誰も恐れて退治(たいじ)しようとする者はいなかった。 この墓場の坂の下に、代々十兵衛と名乗(なの)る狩人(かりうど)の親子がすんでいた。 母親は弱く、子の十兵衛を産むと直ぐに亡くなった。その時、父の十兵衛は狩りに出ていて留守だったので近所の者がお葬式(そうしき)をして墓をたてた。母の墓はその夜のうちに古狸に掘り返し荒らされた。戻った父の十兵衛は大層怒り、毎日のようにその古狸を探して追ったり罠(わな)をかけたりしたが、失敗ばかりでどうしても退治できなかった。 子の十兵衛は、真向いで、同じ頃生まれたおさとの母に乳をもらい、いつも二人一緒に懐(ふところ)に抱かれていた。乳離(ちちばな)れしてしばらく後、その母親も亡くなり困っていると、隣のおばばが二人をことのほか可愛がっていたところから世話してくれることになった。おばばは本当の兄妹のように育てたが、悪さをした時はひどく叱られ、時には一緒に木に縛(しば)られることもあった。成長するにつれて、十兵衛は父に連れられ狩りの手伝いをしながら、獣(けもの)を捕る術(すべ)を身につけ逞(たくま)しくなったが、夜はおさとと手をつないで眠った。16になった年の春。あんなにやさしかったおばばが亡くなった。二人はおばばの傍で朝まで泣き明かした。が、葬式が始まっても十兵衛はいない。 「十兵衛はどこへ行た。あんなに可愛がってもろたのに」「恩知らずなやっちゃ」 その夜、おばばを埋めた近くに親の種子島(たねがしま)(火縄銃(ひなわじゅう))を持ち出した子の十兵衛とおさとが座っていた。どんなことがあっても墓は荒らさせないぞ、と肩をいからせ、大きな目で辺(あた)りを睨(にら)む。周りの木々が墨色になり、月明かりのない暗闇に包まれるようになると、十兵衛は、 ―そろそろ来るんやないか― ―二人のおっかあからおばばの墓まで荒らされてたまるか。どんなことがあってもやっつけるぞ― そのうちに、昨夜(ゆうべ)からの寝不足と疲れが一度に出て来た。 ―いや、ここで寝たらあかん― と、二人は励ましあうが、春の心地よい暖かさのため、いつの間にか目蓋(まぶた)が垂れ下がってくる・・・・・・。―ガサッ― 小牛のようなものが動いた。はっとして見直したときには姿はなく、おばばの墓は荒らされていた。 −何ちゅうこっちゃ。せっかく傍(そば)に居ながら眠ってとり逃がすやなんて。まだまだ修行が足りん。早(はよ)う親父(おやじ)のようにならんと― この日から、子の十兵衛は猟(りょう)の秘伝を習おうと必死になり、やがて鉄砲を持てば親より上だと言われるほどになった。その間にも幾つかの墓が荒らされ、そのたびに十兵衛親子はでかけたが、古狸を仕留めることは出来なかった。ある年の秋、親の十兵衛は風邪(かぜ)をこじらせて重い病(やまい)で寝込んでしまった。そうしたある日、子の十兵衛に言った。 「この年で寝こんではそう長(なご)うないわ。死ぬまでにあいつを仕留め たかったのに、このままでは死にきれん」 |
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−おっかあからおばばの墓までやられたんや。親父(おやじ)までやられたらたまるか。きっとやった るで。うまいこといたら村の者(もん)も喜んでくれるわ― 冬の木枯らしに混じって雪がちらつきはじめ た頃、村外(はず)れに葬式があった。この日こそ待っていた時だ。 「ええか十兵衛。まず、坂の上 にある大きな松にのぼり、どんなことがあっても降りるな。真夜中に火縄に火をつけ、終わる頃までは どんなことがあっても引き金をひくな」 「十兵衛さん、きっと仇討ってや」 子の十兵衛は、親の言っ たことを心の中で繰り返しながら、真っ暗な中を坂に向かい、松の樹に登って古狸を待った。 宵のう ちからちらついていた細かい雪はやんだが、下の方はおぼろにかすんで見えない。しばらくして足音 が聞こえ、「おーい十兵衛、親父が急に悪なってきた。すぐいね」 −なにい、そんなことあるかえ― と十兵衛は心の中でつぶやいた。 しばらくするとまた 「おっさんが死んだぞー。早(はよ)ういな んかえ」 「十兵衛よー。おとうが息引きとった。早(はよ)帰り!」 次から次と、隣の息子や村の仲 間がやって来て十兵衛を急(せ)かした。 −嘘(うそ)や、みんな嘘や、だまされてたまるかぇ― 十 兵衛は言いつけを守って樹から下りようとしなかった。 火縄が燃えつきそうになった頃、 「十兵衛 さん、わたしよ、わたし・・・」 と木に手をかけた気配(けはい)である。―えーっ、お、おさとやないか。 どないしょう。ほんまにおさとやったら・・・・・、えーい、南無阿弥陀佛― 思いきって引き金を引いた。
池(かみながいけ)の辺(あた)りに、小牛ほどもある古狸が倒れていた。 この後、墓を荒らされること |